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「一灯を提げ 追記」

2008/03/31 23:58

 

 

三、四年前、NHKの「しゃべり場」での事だった。
この番組のコンセプトは知らないが、15歳以上の未成年者がそれぞれの思いを語り、それを彼ら自身が議論するというものであったと思う。

ある時、漫画家志望の中学卒の少女が、漫画を学びたいのだが、専門学校の入学資格が高校卒となっており、まなぶ場所がないと、泣いて訴えた事があった。

私はこの訴えに非常な違和感を覚えた。
泣き喚くほどにやりたいのなら、やればいいのではないか。
このような仕事は専門学校に通わなければ出来ないものではないはずで、ひとえに才能と努力によるものだと思う。
同人誌もあり、その活動は自由である。
面白ければ注目されるだろうし、思い切って雑誌社に送りつけるなり、訪問する事も可能だろう。

この少女は入り口で泣いているだけで、自分から何かをしようと言う強い意志が感じられない。
第一それほど、専門学校に行きたかったのなら、案内書くらいは取り寄せるのが当然のことである。

高校卒が入学資格であるのであれば、その資格を得るためだけに偏差値の低い高校に入ればいいのだ。

なぜ、ここで偏差値を持ち出すのかと言えば、授業さえ真面目に聞いていれば、家で勉強したり、塾に通う必要が無い。

つまり、学校以外の時間をすべて漫画に集中出来るからである。

卒業資格に関係の無い行事などは参加せず、漫画に没頭してもいいのかもしれない。

それくらいの覚悟があっても良いとさえ思う。

 

いったい、この少女はどのように教育(広義の)されてきたのだろうか。

反社会的行為でなければ、日本ではやりたい事をやる自由がある。

たしか、この少女は中学卒でも入学可能な漫画の専門学校があってしかるべきだと言う意味の発言をしていたと記憶する。

しかし、社会は如何なる条件の者も受け入れ可能なシステムを用意することは不可能である。

社会とはそう言うものだとの現実認識がないらしい。

両親、友人、先生、あるいは近所のおばさんでもいい。

彼女を取り巻く多くの人に相談すると言う事は無かったのだろうか。

相談する相手がいなかったとすれば、学校だ、漫画だなどと言う前に彼女自身に問題があるのではないのか。

 

その後、彼女がどのように世の中を渡って行ったのかは解らない。

初心を貫徹したのだろうか。

それとも、方向を転換して普通の仕事についているのだろうか。

彼女が受け入れられなかった恨みに拘泥し続けているのだとしたら、それは彼女にとっても、家族にとっても、さらには社会にとっても、不幸な事である。

 

カテゴリ: コラむ    フォルダ: こころ(般若心経も)

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