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「佐倉 徹の日常」 第四十三話

2012/03/08 00:22

 

 

        第四十三話「借金時計だって?」

咲子  ねえねえ、三瓶子さん。借金時計って見たことある? 

三瓶子 いや
¿

咲子  あれって、すごいって言うか、見てると怖いよね。

三瓶子 怖けれりゃ、見なきゃいいでないか。

咲子  それが、そうは行かないのよ。

記者君 そうっすよね。あっと言う間に何百万も利子が増えちゃうっす。

三瓶子 ふん、高利貸しの話かい。

咲子  高利貸しじゃないよ。

徹   どうしたの? みんなで盛り上がってるでないか。

三瓶子 借金時計だってさ
¿ 

徹   ほう、借金時計ねー。いったい誰の。

咲子  誰のって、国民のよ。

徹   国民って誰。

咲子  国民って、国民よ。日本人みんなよ。


 
徹   日本人みんなって、僕は借りてないけど。

記者君 国債の話っすよ。

徹   なんだ、国債か。だったら、それは政府の借金でないか。

記者君 それはそうなんすけど、結局は国民の税金から返すしかないっしょ。

徹   なるほどね¿ それで、政府は誰から借りたの?

咲子  誰からって、ねえ、誰から?

記者君 ほとんどは機関投資家っすね。

徹   機関投資家って、どこの?

記者君 ああ、ほとんどは国内っす。

徹   だったら、何も問題ないでないか。

記者君 問題あるっしょ。国民一人当たり八百万くらいの借金っすよ?

徹   八百万だろうが一千万だろうが、持ってるのは国内の機関投資家だろう?

咲子  ねえ、機関投資家ってどんな人? すっごいお金持ち?

記者君 いや、銀行とか生保とかっす。それと、年金事業団とかもそうっすね。

咲子  えーっ? 銀行に儲けさせるの? 銀行の為に私らが借金返すの?


 
記者君 まあ、そう言う事っす。

咲子  嫌だー! いつも儲けるのは金持ちだけ。私ら貧乏人は損してばっかり。

三瓶子 あんたがいつ損したって? 他人の儲けは関係ないでないか。

記者君 まあ、銀行に儲けさせたくないなら、自分で国債買うしかないっすね。

咲子  だって、暴落するかもしれないって、テレビで言ってたよ¿

徹   どうして。

咲子  どうしてって、ねえ、どうして?

記者君 外国のファンドが売り浴びせてくるってんじゃないすか?

徹   ほほう、「売り浴びせ」ねー。いったい、どうやって。

記者君 どうやってて、株とおんなじやり方っしょ。

徹   ふーん、もしそうなら、日本の銀行は喜ぶだろうねー。

記者君 えーっ? どうしてっすか。暴落したら、銀行は困るっしょ。

徹   どうして。

記者君 先生、何言ってるんすか。国債が暴落したら、銀行も潰れちゃうっす。

徹   だから、どうやって暴落させるのかって。


 
記者君 だから、「空売り」っす!

三瓶子 ありゃー、堂々巡りやってるでないか。

徹   君も解らん男だねー。その玉をどうやって調達するのかって聞いてるでないか。

記者君 えっ? ああ、だから市場からっす。

徹   ほほう、そんなに「自由で開かれた大きな国債市場」がどこにあるのだろう。

記者君 えっ? 無いんすか? 

徹   有るも何も、日本の国債を暴落させるのにどれだけの金が必要だと思うの?

記者君 ああ、そうか。五十億や百億じゃ話にならないっすね。

徹   まあ、五十億でも百億でもいいんだけど、もし仕掛けてきたら銀行は喜ぶだろうね。

記者君 はあ、その理屈がよく解らないっす。どうして喜ぶんすか。

徹   空売りって、持ってる玉(ぎょく)を安く売ることかな?

記者君 いや、持ってないから空売りっすよね。

徹   そうだよね
¿ 持ってない玉を相場より安く売るわけだ。

記者君 安値に怯えて、もっと下がるんじゃないかって。いわゆる「狼狽売り」っす。

徹   どうして狼狽するのかしら。

 
記者君 はあ、まあ、正確な情報持ってないからっしょ。

徹   と言う事は、情報弱者、つまり素人が多いということだね。国債もそうかなー。

記者君 いえ、ほとんど居ないっしょ。個人向けに宣伝してるくらいっすから。

徹   それなら余計、空売りは難しい。規模がでかすぎる。一千兆円って言ってたけど。

記者君 赤字国債は六百六十兆くらいらしいっすよ、実際は。

徹   うん、それにしてもでかい。国債を一つの株の銘柄と考えれば解り易いでないか。

記者君 そんなでかい会社は無いっすよね。

徹   そうだね。ところで、仕手筋が狙う株はどんな株だろうか。

記者君 まず、会社の内容がいい。積立金が多いとか。

徹   それだけ?

記者君 発行株数が少なくて、浮動株主が多い。

徹   さあ、「日本株式会社」は、それらに当てはまるだろうか。

記者君 最初のはともかく、あとの二つは当てはまらないっす。

徹   と言う事は、空売りしても、それに見合う価格で売ってくれる相手がいない。

記者君 はあ。

 
 
徹   もし、そんな動きがあれば、銀行はニヤニヤしながら待ってるだろうね。

記者君 どうしてっすか?

徹   売り浴びせてきたら、どんどん買っちゃう。だって安いんだもの。

記者君 はあ。

徹   清算のため買戻しにきたら、高値で売ってあげる。つまり、往復で儲かる。

記者君 はあ、なるほど。国債の市場が閉鎖的だから、かえって幸いだったんすね

徹   そうだ。閉鎖的だから、うっかり手を出すと大火傷をする。

記者君 なーるほど。暴落の話は解ったすが、借金の返済の方はどうなるんすか?

徹   ああ、これは会計が理解できてないと解らないよ。

記者君 えーっ? 会計っすか? 面倒くさそうっすね。

徹   いや、手順なんか解らなくていいんだ。意味さえ解れば。

記者君 はあ、意味っすか?

徹   ああ。国家予算の決算が単式簿記なのは知ってるね。

記者君 え、単式簿記っすか? そう言えば会社の経理は複式簿記だって言ってたなー。

徹   それでは、記者君は経営者になれない。て言うか、なっちゃいけないんだ。  
        

 
子  あーっ! それだったら、私なれるよ¿  お勤めしてるとき経理やってたもん。

三瓶子 あんたが出来るのは帳付けだけだろう
¿
 テツが言ってるのは意味でないか。

咲子  解るわよ。飲み屋の領収書でも平社員だと福利厚生費で落とせて……。

三瓶子 不必要不十分条件で却下、失格だね。

記者君 会計が解らないと、経営者になれないんすか?

徹   なってもいいけど、困った事になるでないか?

記者君 儲からない仕事でも、解らずに引き受けちゃうとか?

徹   ああ、そういう場合もあるけど。

記者君 えっ? そういう場合もって、後はなんすか?

徹   ああ、儲かってるのに、儲かってないと思って、会社を潰しちゃった人がいた。

記者君 えーっ? それは無いっしょ。儲かってるのに。

徹   ところがあるんだねー。いずれこの事は小説にしたいと思ってる。

記者君 それだったら、いずれじゃなくって、いま書きましょうよ。

徹   それは出来ない。当事者が生きてる。馬鹿呼ばわりされたら気分が悪いだろう。

記者君 その事に気が付けば、その人にとっても、いい事じゃないすか。


 
徹   気付いたら自殺しちゃう。これと同じ事が、いま国のレベルで起きかかってる。

記者君 日本でですか?

徹   そう。さっき言ってた借金時計。見たことは無いけど、だいたい想像がつく。

記者君 そうすか? もうちょっと説明してくださいよ。

徹   ああ。いま、国家予算は単式簿記で処理されてて、「入りと出」だけだ。

記者君 はあ、それが悪いんすか?

徹   そう。それこそが元凶と言ってもいい。

記者君 元凶っすか。

徹   そうだ。記者君はバランスシートって知ってるよね。

記者君 はあ、聞いたことはあるんすけど……。

徹   バランスシートが読めないと、本質が解らない。単式簿記では難しい。

記者君 はあ、複式簿記なら、すぐ出来るってことすか?

徹   そうだ。単式の場合は入りと出、つまり入金と出金しかない。

記者君 はあ、それではダメなんすか。

徹   複式なら資産と負債とがはっきりする。国債が増えた分だけ民間の資産が増える。


 
記者君 どういう意味っすか?

徹   あれは「借金時計」と言うより、「資産時計」と言うべきだろうね。喜ばしい事だ。

記者君 それだったら、なんで財務省は大騒ぎするんすか? ツケを子孫に回すなって。

徹   それは真っ赤な嘘で、彼らはフリーハンドが欲しいだけなんだ。

記者君 フリーハンドっすか?

徹   ここという時、即座に資金を投入したい。馬鹿議員の話なんか聞いてられない。

記者君 ああ、財政投融資っすね。官僚の裁量で使えた。あれ評判悪かったっすもんね。

徹   そう。だから「大泉」さんの郵政改革は失敗だって言いくるめようとしてる。

記者君 そうか、財投原資の郵貯、簡保の金が自由に使えなくなっちゃったってことか。

徹   財務省の意を汲んだ「鶴井」が元大蔵事務次官「災盗」と組んで国有に戻そうとしてる。

咲子  でも、田舎の婆ちゃんなんか大変だって、テレビでやってたよ
¿
 
徹   山奥の五十戸ばかりの限界集落で、都市並みのサービスを要求するのは我侭でないか?

記者君 病気の婆ちゃんの家。救急車が雪で間に合わなかった。それが行政の怠慢だなんてね。

徹   そう。生存権の侵害だなんて言い出すんでないか?

記者君 ああ、それで先生はリベラルが嫌いなんすね。権利権利って煩いだけっすもんね。


 
徹   ああ。それから、バランスシートが読めるだけじゃダメ。それじゃ「花見酒」だ。

記者君 そうっすねー。花見酒経済じゃ、「タコ足配当」で、食い終わってお仕舞いっすね。

徹   そのとおりだ。それと「富とは何か」で書いたけど、お金はマグロと同じ。止まっ

たら、経済は死んじゃう。その元凶が日本人好みの「清貧の思想」だ。これじゃダメなん

だ。いま必要なのは適度な無駄遣いなんだ。そうしなきゃ経済は活性化しない。いい例が、

仙台の景気だ。復興特需で儲かった土木、建築業者が仙台で金を使う。飲み屋、洋服屋、食

物屋が儲かる。そうすると酒屋、花屋、ホステス、洋服メーカー、八百屋、肉屋、不動産屋

が儲かる。それがさらに……と、次々金が動く。これを「乗数効果」と言う。元々、土木、

建築の「消費性向」は高く、儲かればさらなる乗数効果を生み出す。逆に「子供手当て」は

「貯蓄性向」が強く、貯蓄に回っちゃう。おまけに無駄の排除で金を使わせない。「仕分け会

議」は、まさに「亡国会議」だったと言えるね。「乗数効果も消費性向も」知らなかった「鉋

音」なんか、削ることしか知らない。「コンクリートから人へ」なんてのは、根本から間違っ

ていたんだけどねー。                                                (了)


 

 
 

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正月早々、いい話を聞いた(二)

2012/02/10 11:00

 

 

            富士登山を何に譬えようか

 脚本家の倉本聰氏が「富士登山は駿河湾から登ってこそ、意味がある」という趣旨の

発言をされている。聞いた瞬間に、私は「下駄を履かせる」という言葉を連想した。

つまり、零合目(駿河湾)から五合目までは、バスという下駄を履かせてもらったので

あって、決して自らの体験ではない無いということだ。五合目からより、駿河湾から登

った方が、より理解はできるが、だからと言ってそれで富士山が解っ たなどと思うのは、

その人の傲慢さか馬鹿さによる誤解 に過ぎない。

 子供の頃、登山の趣味があった叔父に、どの山が一番難しいかと聞いたことがある。

叔父は腕組みをし、しばらく考えた後に、

「やっぱ、冬の富士山やな」と答えた。  あの優雅な富士が、突然、凶暴な牙をむき出

すのだそうだ。それは予測不能だという。

 そして、叔父はニヤニヤ笑いながら、まだ思春期真っ只中の私に、「なあ、奎太。これ

はな、女もおんなじやぞ。いっくら大人しそうな別嬪でもな、荒れ出したら手がつけられ

へん。気ぃ付けぇよ」と教えてくれた。これを、

「下駄を履かせてくれた」というと、異論のあるところだろうが、私は躊躇すること無く、

この下駄を放り投げて、未来の倉本氏の言葉に従ったことは言うまでもない。

 
 冗談はさて置き、考えて見ると、倉本氏の言葉は極めて広範に意味を持つ。 

 例えば、教育、就職。あるいは恋愛、結婚、人生。さらに人生観、世界観、政治信条等々。


「数学に王道なし」と言ったのが、アルキメデスだったか誰だったかは、私にはどうでも良い

事である。この言葉そのものに意味を認めているからだ。この「王道なし」は「履かせる下駄

はない」と言っているわけだが、上手い話、親切ごかしの話には気をつけろ、と解釈しても一

向に差し支えない。当然の事だと思うが、物書きも同様で、王道などないと私は思っている。

書くべき事柄は当然のこと、言葉、文章をひたすら研ぎ澄ますべきであって、意味の無い饒舌、

さも意味ありげな(何も無いのに)言い回し、話題を集めたい(集められればだが)ためだけ

の造語、つまり、小芝居にうつつを抜かすのは私の趣味ではない。


      言は心なり。
    
      心正からざれば
 
      言また正しからず。

      言を学ばんと欲するものは

      まず心より学ぶべし。 

 
昔なら、ご存知島田虎之助のと言うところだが、今となっては、どれだけの方がご存知

だろうか。幕末の剣豪、島田虎之助からの拝借で、点々を入れただけのパロディーである。

パロディーに先取特権が認められるかどうか知らないが、パロディーにしても、これは十分に

意味を持つと思う。

 電子計算機が普及し始めて四十年以上になる。

 そんな頃、算盤が苦手な経理の小父さんが、ニコニコ笑いながらやってきた。

「稟議が通ってね、電子計算機を買ってもらったんだ」と、

欲しかった玩具を買ってもらった子供のように喜んでいた。

「良かったですねぇ。幾らぐらいしたんですか

「うん。プリンターが付いてて、約八十万だ。見に来るかい?」

「じゃあ、後で清算書もっていきますよ。それを検算してもらえば分かりやすいですよね」

「遣り合わなくても良くなった」とは、この小父さんと同様、算盤が苦手な私は、時々、

計算違いを指摘された。ところが指摘された中に、間違っていないものもあったりして、

遣り合うことになるのだが、互いに算盤が苦手という引け目があり、そっと訂正して無か

った事として処理する事に合意していた。

 度々こんな事が有ったため、この小父さんとの間には奇妙な連帯感が出来上がっていた。

 
 八十万もの電子計算機と言うと、どんなコンピュータかと思われるかも知れないが、ただの

計算機である。加減乗除が出来るだけという、今では考えられない代物だ。

 それが今、百円ショップでも買える。

 ここまで計算機が普及すると、計算能力(筆算、暗算、算盤)など必要が無いと言い出す

おっちょこちょいが現れてくる。これを「効率主義者」とでも名付けておこう。

もう少し、説明しよう。計算機はボタンの押し方さえ解れば答(解)が出る。だから、面倒

な筆算や算盤での計算は必要が無いというのが、効率論者の主張だろう。足すと書いてあれば、

「+」のボタンを、引くと指示されたら、「-」のボタンを、掛けろと言われれば、「×」の

ボタンをと、それを押せば答えが出るのだから、

「いいんだよ、何故そうなるかなんて考えなくって。試験の時、計算機が使えるんだから。

使い方は知ってるんだろう? そんな事に時間を掛けるより、他の事をやった方が得だ」

と言うのだそうだ。

 どこかで書いたと思うが、五十年も昔、私はこれと全く同じ体験した。

 


 
「なんでやて? なんでそんなこと知りたいんか、こっちが聞きたいわ。君が出来へんのやっ

たら、いっくらでも教えたるで。ほやけど、君は行列に変換できて解が出せるんやから、それ

以上何があるんや。入試で一問は必ず出る。最低でも五点や。そんなこと考えとるんやったら、

三角関数でもやっとけ。お前、こないだの試験で間違えとったやろ」

「そんなこと」とは、「方程式で済むものを、何故、わざわざ行列に変換しなければならない

のか。その意味を知りたい」というものだ。この疑問にその教師は答えなかった。


  物書きを志す人なら知っておいて欲しいのだが、この効率主義者が、かつて日本語の世界

で騒ぎを起こしかけたことがある。ひらがな、漢字、カタカナと三種類もの文字を覚えるのは

非効率だと主張した。三種類もの文字を覚え、しかも自在に使えるなど、彼らには信じられな

かったらしい。そんなところに労力を割いているから、日本は駄目なのだと言いたかったようだ。

たぶん、明治維新の後、数十年で世界の列強の仲間入りした事実を認めたくなかったのだろう。

幸いにも、この分らず屋の権力者の主張を阻止し得たお陰で「ジャパン アズ ナンバーワン」

などと言われる時代を迎えることが出来たのである。

「余計な事などせず、余った時間で他のことでもやったら?」という言葉は、そっくりそのまま

この進駐軍のお節介男にお返ししておこう。

 
「あーっ! トイレの匂いだ」とは、次男が小学校に入った頃、庭の金木犀の香りを嗅いで

述べた感想である。

 彼は心ならずも、五合目から登ってしまっていたのである。これは悲劇である。これからの

長い人生で、どこかの家の庭から漂ってくる馥郁とした香りを嗅ぐ度、彼はトイレを連想し、

心楽しむことはないだろう。


 この意味で良きにつけ悪しきにつけ、現代人は下駄を履かされてしまっているのだ。

 つまり、実体験は五合目からしかないから、五合目以下のものに思いが至らない。

 スイッチを捻れば電灯は点くし、ボタンさえ押せば遠隔地の相手と話が出来る。

 この辺りまではその原理も理解しているのだろう。テレビ、パソコンとなると、それはいさ

さか怪しくなる。しかし原理など解らなくても、その恩恵に浴せるのだから、余計なことは

考える必要は無い。難しい原理などを考える暇があるのなら、パソコンの習熟に力を注いだ

方が良いというのも一理ありそうだ。天才ならぬ身では、それらの全てを理解することは不

可能だからである。

 しかし、それらが何によって支えられているのかくらいは十分に認識していて欲しい。

 はて、我々は、現代社会は、何によって支えられいるのだろうか。

 
五合目以下で最重要なことは、インフラとエネルギー、特に電力である。

 電力が無くなれば、あらゆる恩恵は消えてなくなる。恩恵を与えてくれる数々の機器の製造、

サービスの提供は電力あってこその話である。それが、いま危機に立たされている。

 一月二十三日。今日は何と言う日だ! 新聞を見ると二つの記事に目が止まった。

 さらにこれを書いている間に、テレビで高校生のコミュニケーションの問題を取り上げている。

 まさに、これを書けとの啓示かと思うほどだ。

 記事の一つは、臭わない灯油を開発したという記事である。見出しに「石油臭・べとつきを軽

減」と書かれている。灯油は不完全燃焼さえしなければ、臭いものでは無い。

 むしろ子供の頃などは、自動車が通った後に残されたガソリンの香り(決して臭いではなかっ

た)を好ましく思ったものだ。そこに居あわせた近所の女の子も、「わたしガソリンの匂いって、

好き」とさえ言った。この事を、今の子供たちは理解しようとはしないだろう。 
 
 べとつく? 灯油が? 油でべとつくのは「菜種油」と「ワセリン」ぐらいで、灯油をべとつ

くと思ったことは無い。さらに文中で、重くて入手に負担が掛かると書かれていた。

 それらのすべてを解決するのが、「新軽油」だと説明されていた。

 十八リットルで四千二百円もする、この新灯油は、なんと前年比二百%の伸びだそうな。

 
「ははー。こいつらも五合目から登って来やがった。そうだよな¿ 電気なら臭くも無いし、

べとつきもしない。だいいち、重くない。スイッチさえ捻れば勝手に届けてくれる。

「コンビニエンスだねー。しかし、コンビニエンスはコストが掛かるんだよ¿」と、皮肉っぽ

く言ってやるが、そんなもの、歯牙にもかけない振りで、

「安全、安心に代価を払うのは当然です」と、軽く言ってくれる。

 消費税五%アップ。生活費二十五万として、一万二千五百円増。電気代一〇%アップ

 月に八百円増。締めて一万三千三百円の負担増には怒り狂うくせにねー。

「新軽油たった三缶分なんですがね」と言ってやっても、きょとんとして気付かない。

 非論理もここまでくると度し難い。

 この馬鹿さ加減は、数年前、「ガソリン値下げ隊」に煽られて、GSに並んだオーナードラ

イバーと同じだ。わずか三十円の値上げに怒り狂って、何十分も並ぶ。

 満タンでも五十リットル。上げ幅三十円で千五百円の得(?)。八リットルしか入らなかっ

たと不満顔の主婦がいた。三十分以上も並んで二百四十円の得(?)では割に合わないはずだが。

 GSに来る前にメーターさえ確認すれば一目で解ること。針はほとんど満タンを示していたは

ずだ。

 
 もっとひどい話がある。

 携帯用のガソリンタンクが売れたそうだ。こんなものは、売る方も売る方だが、買う方も買

う方である。携帯用だから、女性でも持てる十リットル用で二千五百円だそうだ。 

 この時の値上げが原油の相場によるものではないことは周知徹底されていたはずだ。

 そうでなければ、目の色を変えてGSに殺到するはずがない。そして、期日を予告した値上

げはこの時だけである。従って、この携帯用タンクが二度と使われないことは最初から解って

いたはずだ。このタンクを買った人は、はたして、いくらの得をしたと思っているのだろうか。

 このような非論理、非合理が、何故か、堂々とまかり通っている。
 

 

 新聞記事の、もう一つ。見出しは「職場の悩み・・・対話鍛える動きも」。
 
 何が書かれているかと言えば、職場内におけるコミュニケーションの世代間の落差である。

 コミュニケーション能力には、情的なものが大きく係わるのは否定しない。しかし、言葉の

存立理由の第一は、「伝達」である。
 
 その伝達能力が、いま大きく損なわれている。まず、ボキャブラリーが少ない。

 第二に、言葉のよって立つ背景(歴史)やニュアンスを知らない。それよりも何よりも、

伝達、説得するための論理構成を考えるどころか、そもそも、その重要性を感じていないのだ。
 
 


 
 そりゃー、そうだろう。親や先生たちはただひたすら「お勉強に勤しむこと」を強要し、

「無駄な悩みや疑問などは邪魔にこそなれ、何の役にも立たない」と考えているからだ。

 それどころか、近頃は小学校や中学校で、受け狙いだと思うが、

「正しいと信じたことを、最後まで主張し続けられる強い人間に育って欲しい」などと、危険

この上もない粗雑なことを教える。これでは、成田離婚もやむを得まい。

 これは、他者とのコミュニケーション、つまり、説得、納得、反省、話合い、刷り合わせ、

妥協、思い遣り、相互理解、論理性などは一切不要だと教えているに等しい。

 社会人として必要なこれらの重要な要素を拒否しろと教えている。 

「あなたはいま、そんな事を考えてる時じゃないないでしょう? あなた、負け組みになっても

いいの?」と、考える(あるいは考えようとする)能力、意欲を奪っていく。

 大企業に就職でき、これでうちの子も勝ち組だわ¿ などと思っていたら「リクルートマネジ

メントソリューションズ」のお世話になっていた。これほどのブラックジョークがあるだろうか。

 ましてや、精神科医の出番となれば、まさに悲劇である。

 念のため、次に、この記事に書かれていた文章を列記しておく。

 
一.言葉が足りないとサルになる。(記事の中で紹介された本の題名)

二.きちんと話そうとしない人は使いこなせる言葉が減り、やがてニュアンスの違いに気づか

  なくなり、正確な伝達や、計画の立案に支障をきたす。

三.言葉が貧しいと、政治を論理的に批判し、糾すという民主主義の根本が損なわれる。 
 
 これらは偏に、表現力の決如によるものである。

 表現力の決如は、先人が営々と築いてきてくれた、わが国の文化の破綻を促進し、やがては

日本を滅ぼす蟻の一穴となるだろう。

 もし、このような人間が、あなたの職場、あるいはグループに居たとしたら?

 彼ら、効率主義者の主張を少しでも受け入れたとしたら、間違いなく日本は滅びる。 
 
 最後に「権利」について述べたい。

 民主制度を構成する要素のひとつが「人権」だそうだ。あろうことか「天賦の人権」などと

言い出す馬鹿者が現れる。このような人間には五合目どころか、到達すべき頂上すら存在しない。 

 いつか消えてしまう雲、まさに、「天空を浮遊する乙女の祈り」に過ぎない。

 足が地についていないから、頭の中だけで、次から次へと権利なるものを捏造し、終には権利

 同士が競合し、権利が権利を侵害するという皮肉な事態を招来させる。

 
 知る権利がプライバシーを侵し、プライバシーが知る権利を妨げる。子供の権利が親の権利

を制限する。互いがより優位を主張するから、当然(?)のごとく、争いが起きる。

時には事件となり裁判沙汰となる。

「天賦」と言うのなら、人間になど訴えず、「天」に文句を言ったらどうかと思うのだが。
 

 

 百歩譲って、そのようなものがあるとして、誰がそれを担保するのか。

「天賦の権利」と言うのだから、生まれたての赤ん坊にも有ることになる。

 生きる権利、成長する権利、適正な時間に適正な量と温度のミルクや母乳が与えられる権利、

母の胸で眠る権利、自由に夜泣きする権利、走り回って騒ぐ権利、それらに親が対応するため

の時間と金銭を得る権利、健康で健やかに成長するための設備とシステムを享受する権利、

まあ、なんと様々な権利。これらの一つでも侵せば、その人や組織は犯罪者となり、僅かでも

制限すれば「人非人」と非難される。これらの諸権利を担保し、実効あらしめるのは、

一義的に親で あり、それを支えるのが国家である。究極的には国家ということになる。

 そう考えると、それらの諸権利は、「天賦」ではなく、「官賦」と言う方が正しくはないか。

 ならば、官の力が揺らいだ時、全ての権利も消滅することになる。
 


 
 ところで、これらの「諸権利」と「国家」の関係が、ある組織同士の関係に似ていることに

お気づきだろうか。若い方はご存じないかも知れないが、田中角栄が作った「鉄建公団」と

「旧国鉄(JR)」の関係である。大雑把にいうと、「鉄道建設審議会」の諮問に従って、

「鉄建公団」が鉄道を施設し、「旧国鉄」が運営する。高度成長時代の日本であれば、多少問

題があっても吸収、償却できた。しかし、それは「国鉄清算」という結末を迎えた。

 人権派とリベラル(建設審議会と鉄建公団)が結託し、権利(鉄道)を作り続ける。

 国家(国鉄)に活力がある間は何とかなるが、それが無くなった時、国家は崩壊する。

 我々が電力を失った時、企業は海外に活路を求める。国内に就業するべき職場はなくなり、

国家はは税収の基盤を失う。インフラの整備どころか、維持管理さえできなくなる。

 それは自衛隊といえども、避けることはできない。尖閣、沖縄が侵されようとするのを、

どのように守るのか。こんな時に「外交努力で」などと主張する人間は、まさに「五合目から

登った」と言わざるを得ない。外交が五合目より上に存在できるのは、それよりはるかに広大

な裾野、つまり軍事力あってのものなのだ。 

 自由と平等と人権の指し示す彼方は、間違いなく、滅びの道である。

 そこに棲むのは、この期に及んでなお、権利と配当を要求するギリシャと同種の人間である。

 民主制度発祥の地ギリシャは、その制度によって再び崩壊しようとしている。

 日本はこの崩壊の道を避ける事ができるのだろうか。      

 


 
 
 
 


 

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狂ったか! サンケイ!

2012/01/17 02:12

 

 他の仕事があって、当分休ませてもらうつもりだったが、もう我慢の限度を超えた。

 

産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)による合同世論調査で「野党は協議に応じるべき」とするのが、驚くべき85%という数字が出た。

これには問題が三つある。

 

① 野党は、この場合は自民党を指しているのだろうが、自民党は協議に応じないと、いつ表明したか。自民党は国会で、国民注視の中、堂々と協議することが、民主主義に則った方法だと表明している。

 それを、あろう事か、「法案審議が進まないのは野党の不作為による」かのごとき主張は、まさに本末転倒と言わざるを得ない。問題は法案を閣議決定しない(できない)政府側にあるのであって、断じて、野党では無い。

 

 これは、前内閣で菅直人が使った詭弁、居直り発言と同じ方法である。みんなの党の江田幹事長が菅直人に対して、公務員改革法案が、一向に審議されないことに業を煮やして非難した。

 その時の菅の発言には、唖然とさせられ、二の句が継げなかった。その時の発言とは、

 

「政府側が法案を国会の俎上に乗せないから、審議が出来ないと非難するのはおかしい。みんなの党は法案提出資格があるのだから、法案を出せば良いではないか。それをしないのは職務怠慢だ」と、法案を作れない政府与党を棚に上げて、江田を非難した。

 さらに、「その法案が、我々(民主党)が見て、良いものであれば賛成する」という、盗人猛々しいというか、傲慢な返答をしている。

 

 ここで、読者諸氏に考えて頂きたいのだが、政権を取るという事の意味は、なんだろうか。

 野党に政策、法案を提出させる事だろうか。

 自らは何もせず、他者が出してくるものの中から選ぶ「芥川賞の選者」となることだろうか。

 そうではあるまい。党としてやりたい事、やるべき事をやるために政権の座に就いたはずだ。

 

 党としてやるべき事を、自ら決定できない。

 反主流がはっきりと反主流の旗を掲げてしまっている。

 これはもはや党の体をなしていない。

 この期に及んで、野党に何を求める事があるのか。

 自分の国を自分で纏められないから、他国に力を借りようとする。

 これを人は「売国奴」と呼ぶのではないか。

 

②三年前に「とりあえず民主党やらせてみて、だめなら辞めさせれば良い」と、実にお気楽な考えを主張したのは誰だったか。

 お気楽なら、お気楽を通し続けるのが、筋というものだろう。

 ならば、辞めさせましょう。解散を主張するのが筋というものだ。

 

③アンケートの設問がひどい。まさに誘導である。

次のように設問を変えるべきだろう。

 

A.審議は国会でするべきだと思う。

B.国会に上程する前に与野党で審議すべきだと思う。

 

 もし、「B.国会に上程する前に与野党で審議すべきだと思う」が過半を示したとすれば、由々しき事態である。

 これは、まさに「反民主主義」である。

 マスメディアは挙って国民を非難しなければならない。

 自民党政権の時代、これを

 

「密室、談合、少数派切捨て」の政治だと、激しく糾弾したのはマスメディアではなかったか。

 

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三年前のお約束 「あなた方は何に怒っているのか」

2011/05/11 11:02

 

あなた方は何に怒っているのか(論理) (クリックしてください)

 

 覚えていらっしゃいますか?

 三年前の「イージス艦あたご」と「漁船清徳丸」の衝突事故の審判が、今日下ります。

 私は三年前の考えと何も変わっていません。

 もし、変わったとすれば、説明の仕方が変わったかも知れません。

 

道路交通法と海事法の違いはありますが、事故を避けたいと言う思いは同じなのでしょう。

 その点で、頻発する自動車事故と、比較的少ない海難事故に対する法のあり方に、当然違いが出てくると思います。

 つまり、道交法は様々な状況に対して海事法より現実的効用を持っていると思います。

 理屈で判断出来ない現実に対して、道交法の方がより現実的整合性を有すると思われます。

 

 道交法には「事故回避責任」と言うものがあります。緊急避難として、交通法規を逸脱する事を認めています。

 ところが、今回の海難審判の経過を見ていますと、法の現実的不整合について語られた事はありません。デジタル的適用に終始しています。

 

 平たく言えば、道交法は「車はすぐに止まれない」という現実を含めて成り立っています。

 理が如何にわが方にあろうと、現実的には処罰される事もある。事故を回避する事が第一だからです。

 

 私はここから一歩たりとも譲る気持ちはありません。

いわば「巨艦はすぐには止まれない(曲れない)」と言う事です。

 すぐにコントロールできる漁船側に「事故を回避しようとする意思が見られない」ところが重大な意味を持つと、私は判断します。

 あとは、審判の結果がそのようになる事を願うのみです。

 

 

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引越ししました

2008/09/25 13:33

 

一ヵ月半休ませていただいたが、引越しさせていただきました。

tazaemonの思考実験室へ越しましたので、お近くまでお出でのせつは是非お立ち寄りください。などと馬鹿な事を言ってしまったりする。

 

izaブログは扱いやすかったのだが、勝手に本文中にリンクを貼ることに我慢がならなかったからである。

 

(事実はすべてを物語る。)

台湾の文字が続いているが、それの全てに勝手リンク。

笑わせてくれるのはその下の方で、

 

「星野監督も聖火ランナーに選ばれて、ニコニコしていて」と書いたら、なんと「ニコ」と言う歌手の記事に勝手リンク。

この馬鹿さ加減には呆れるばかりだ。

担当者は「システムがそうなってますから」くらいしかいえないだろう。

しかしこれはまだ良い方で、

ああ、中国よ! 中国と言うエントリーにリンクを貼ったら、勝手リンクでずたずたにされ、うっかりクリックすると中国の説明をしてくれる。

僅か10行ほどの説明に何の意味があるのか。

これは「ああ、」のところをクリックしないといけないらしい。

 

まあ、フリーで使わせてくれるのだから、仕方がないのだろうが、そんなシステムを採用した責任者の顔が見たいものだ。

 

50年ほど昔の事だが、テレビの公開録画があった。

進行係は「スポンサーは大金をかけてこの番組を作っているんだ。それをタダで見せてやるのだから、もっと協力しろ」と拍手の少なさをなじった。

それ以後、私はそのメーカーの商品は買わない事にした。

 

izaの担当者がもしそんな気でやっているのであれば、私としては言う事はない。

 

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( ムペンバ効果・・・とりあえず仮説だけ )

2008/07/10 17:25

 

 

1963年タンザニアのムペンバ少年(むろん現在では中年だが)が、お湯の方が水より早く凍ると言う不思議な現象に出くわした。

未だにその原理が未解明と言う事なので、とりあえず仮説だけ(既に同様のものが公表されているかも知れないが)提示しておく。

こう言うのが大好きなんだよなぁ!(好き勝手に言えるから?)

 

 

1、                        お湯と水の性質の違い。

2、                        お湯の方が水より早く熱移転(熱伝達)が行われる為にはどのような
      条件が必要か。

 

a.        お湯の方が水より、ブラウン運動活発がに行われている。

b.        従って熱差のある他の水分子と早く出会える。(算出可能)

c.        熱差が大きければ、容器内で対流が起き、より熱移転が活発化する。

d.        熱差が大きければ、支配列が出来やすい。(熱差が無ければ同列で何も起きない)

e.        支配列が出来れば、熱移転が効果的に起きる(水素結合が起き易い状態になる)

 

まるっきり、素人丸出しで物理学用語も良くは知らないが、そのうちにもう少しましなものを提示するつもり。

 

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( 夏は暑い!・・・と言う当たり前の話 )

2008/07/07 11:56

 

 

普段、人のすまない極地を除いて(夏が暑い)のは、古今東西を問わない。

 

「モスクワ? あんなところ二度と行きたくない。地獄だよ! 若い頃、一度行った事があるが、ありゃ、人の住むところじゃないな」と男はテレビの取材に答えた。

彼が答えたのは共産党支配による諸問題についてではなく、気候についてであった。

彼はシベリアでトナカイの放牧に従事しており、モスクワの暑さ(?)は、彼のお気に召さなかったようだ。

そう言えば小学生の頃、教科書で見た写真は私にとって驚きであり、不思議であった。

そこに写っていたのは、一面雪と氷に覆われた北極圏の、ある池(温泉ではない)で、大人や子供が水浴をしている場面であった。しかも母親らしき女性はフロの縁に腰掛けるように雪の上に腰をかけていたのだ。「エスキモーの水浴」と書かれていたように記憶している。

 

バンコックでエージェントになってもらっていたウーさんが、いつものようにホテルに迎えにきた。なんと! 彼は毛糸のチョッキを着ているではないか。驚いた私は「どうしたのよ! チョッキなんか着ちゃって!」と聞くと、彼はすまして、次のように答えた。

「あんたがた日本人には暑いだろうけど、私達タイ人は30度を切ると寒いよ」と震えて見せてくれた。彼にとって毛糸のチョッキが必需品である事を、その時はじめて私は知った。

これも、そう言えばと言う話であるが、ジャカルタで日本人向けのカラオケバーに入った時の事である。

インドネシア人の青年がマイクを離さない。「ケッ、格好つけやがって!」と言うのは、彼の歌いっぷりについてではない。ジェロとは比べようも無いが、そこそこにうまかったように思う。我々が文句をつけた格好とは、そのときの彼の出で立ちである。ロングの皮のコートの前を開け、首にはこれも長いマフラーをぐるっと一度巻きつけ両側にたらすと言う、当時日本ではやったスタイルであった。多分政府の高官か、金持ちの息子で、日本への留学経験があるのだろう、と言うのが我々日本人4人の一致した推測であった。

しかし、彼にとってはそれが(ウーさんのチョッキのように)丁度良かったのかも知れないと今にして思うのである。

 

さて前置きはこれくらいにしておいて、本題に入ろう。

「夏は暑い」と言う主張がかなり相対的である事は、前置きでお解かりになったと思う。

にもかかわらずやはり「夏は暑い」のである。

私が問いたいのは「では? あなたは、その暑さに、どのように対処するのか」と言うことである。

避暑地に別荘を持つ・エアコンを稼動させる・図書館や映画館で過ごす・水泳をする・冷えたビールや清涼飲料水を飲む・・・などの対処法(?)が考えられる。

私の質問の仕方も悪いのだが、これらはすべて対峙法である。

人間にとって都合の悪い自然現象に立ち向かおうとする、悪しき西欧的思考法に過ぎない。

西欧的思考法とは「運命に立ち向かおうなどと傲慢な事を考える、お粗末な人間の思考法」の事である。それを人は「意思」などと言い、英雄のごとくもてはやす。

 

「何故、あなたは運命に立ち向かおうなどと愚かな事を考えるのか」と言う、いささか粗雑な事を恥じながらも質問をしなければならない。

それは「運命の概念」が合意、確定されていないからである。

私にとって「運命」とは「死」だけであるが、人によっては不可知論的運命を主張するものもいるので、ここではこれ以上述べないで置き、話を本筋に戻そう。

 

私は暑い夏にどのように対処するのかと、聞いてしまった事を悔やんでいる。

つまりその質問が「何もしない」と言う選択肢を諸氏から排除させてしまったのではないかと危惧するからである。

 

賢明な方は前置きだけで理解されたのだと思う。

バンコックのウーさんにとって、30℃は基準点なのである。それは暑さ、寒さなどと言う大雑把なものではなく、暖かいか涼しいかと言う繊細な分岐点なのだ。

事実を見つめれば、日本人はこれを体験的に受け入れ可能なもののはずである。

今日は曇っているせいもあって涼しい、それもかなり涼しい。

寒暖計を見ると25℃である。この25℃がどのような気温であるのかはお解かりのはずである。

気象庁はこれを「夏日」とした。

なぜ、これほど涼しいのに「夏日」であるのか。

おそらく50代以上の方にはお解かりだと思うが、昔の25℃は暑かった(?)

30℃などと言うと気が狂いそうになるほど暑かった。

エアコンなど無かった時代、寝苦しい夜を凌ぎ、寝不足を解消する方法は只一つ、「疲れきる」ことである。

夏休みなどは幾分涼しい午前中に勉強を強制され(?)、その反動が応援してくれて、午後は川やプールで遊びまくった。肉体的疲労による睡眠欲より強力な食欲を満たした後は、もはや暑さなどは睡魔の敵ではない。その頃、午後九時と言う時間は私にとって深夜であった。午後八時から始まるNHKの徳川夢声の朗読「西遊記」を最後まで聞く事はとうてい不可能な事であった。

 

このような事実が語る事はただ一つである。

「暑い夏を受け入れよ、受け入れればそこに道を見つけることが出来る」のである。

暑ければ涼しくすればよいなどと馬鹿げた考えが余計に暑くさせている事に気付かない。

 

「運命や自然に立ち向かい、それを切り拓く」などと言う考えが、いかに馬鹿げたことであるのか。

またその考え(認識)がいかに今日の混迷を招いているのかについては、近々に取り上げるつもりである。

明日から始まる洞爺湖サミットに何かを期待するのは大馬鹿者のすることである。

日本は原油価格の高騰に一喜一憂する必要はない。なぜなら日本は価格競争力において決定的に優位に立てる術を持っているからである。小ざかしい二酸化炭素排出権取引など受け入れるべきではない。それは何の解決をももたらさないからである。


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( 善意・・・恐怖の論理構成 )

2008/07/04 12:20

 

 

訴訟の場で「悪意の存在」が問題になる事が多い。

つまり、ある行為が善意で行われたのか、悪意が存在したのかで量刑が変わる。

当事者の心の中まで司法は踏み込む。

他者に当事者の内心を評価できるものかどうか、甚だ怪しいところだが、ここではその可否は述べない。

 

「目的が善意から出たものであり、従ってその行為は善意に裏付けられており、罰せられるべきではない」

驚くべき事に、この主張が公務員によってなされる。

賢明な諸氏はこれによって、様々な事件、事故を思い起こされる事と思う。

 

今回は「イージス艦機密漏洩事件」について触れてみる。

 

松内三等海佐は海自プログラム業務隊(プロ業隊、現開発隊群)に所属していた平成14年8月ごろ、プロ業隊内にあった秘密情報を含む資料をCDに記録。当時海自第1術科学校(広島県江田島市)の教官だった3佐に送り、特防秘を漏らした。

 

これに対して被告は上記の主張をした

「持ち出しは教育目的であり、海自外部に漏らす目的はなかった」と無罪を主張する予定との事。

 

これの論理構成を見てみると

「機密持ち出しは隊員の教育のためである。従ってそこに悪意は無い。それを善意の隊員に教材として渡した。従ってこれを罰する事は法の正義にかなうものではない。またその善意の隊員も謀略によって詐取されたものであり、被害者といえる」

と言う事になる。

 

安全保障の最前線にいる自衛隊員の、恐るべきこの論理構成は、いったい何処から来たものだろうか。

米国をも巻き込む機密漏洩が「善意でなされた事」などと、どんな顔で主張するのだろうか。

機密とは何か? セキュリティーとは何か? 日米同盟とは何か?

おそらく、この三等海佐からまともな答えは返ってこないだろう。

拉致問題で日米同盟の亀裂を言い募る輩がいる。

まずは日本人が何をしたのかの意味が解っていない。

何をしなかったのかも解っていない。

亀裂が出来たとするならば、それは日本人自らがなした事であろう。

 

 

書きたい事は山ほどあるが、私的な理由で叶わない。

イージス艦海難事件がようやく立件された。

コメントを頂いた方への仁義の問題があるので、この事件については、経緯を見ながらエントリーするつもりでいる。

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( 学長さんって、この程度でいいんだ! )

2008/06/23 15:56

 

 

 

ストレスに耐えるのが仕事と言うような仕事をしていた頃、マイルドセブンを日に80本位吸っていた事がある。

仕事量が多いわけじゃないので、通常は6時に終われる。

しかし、その頃になると、いつも(えず)きそうになったものだった。

 

余談だがこの「噦く(えずく)」は関西では普通に使われている言葉だが、正式に標準語として採用してはどうだろう。

私は東京弁(?)のネイティブスピーカーではないので、「噦く」の東京弁、あるいは標準語の正しい(?)表現をしらないが、たぶん「吐く」あるいは「ヘドを吐く」だろう。

必也正名乎 かならずや名を正さんか」などと大上段に振りかぶるつもりはないが、概念が複数ある言葉は別の言葉を当てた方が良いのではなかろうか。

犯罪者が警視庁で取調べを受け「吐け」と言われ「えっ? 吐くんですか? ここで?」と聞くと「ここもあそこもあるか! 今すぐ吐け!」と言われ「それじゃー、仕方がない」と喉に指を突っ込む、などと言うのは「吉本新喜劇」のネタである。

 

話を元に戻そう。

さすがにこの歳になると、そんなには吸えない。

マイルドセブン、ワン、メンソールを30本くらい、と言うところである。

そこで出てきたのが「1000円値上げ」の話である。

ガンや嫌煙権もあいまって、実現するだろうし、実現してほしいものだ。

 

しかし、下記の話が何とも能天気なもので、学者、識者などと言うものがこの程度かと嘆かわしくなる。

【正論】新渡戸文化学園短期大学学長・中原英臣 「1000円たばこ」は1石6鳥

 

一石六鳥だそうだから列記してみると以下のようになる。

1.            栽培農家とJTの利益増大が見込める。

2.            青少年者の喫煙を減らせる。

3.            税収が増える。

4.            ガン、肺気腫、心筋梗塞のリスクを劇的に軽減できる。

5.            火事が減る。

6.            非喫煙者の複流煙被害をなくせる。

 

A.1と3は直接的経済効果を述べているつもりらしい。

B.2,3,6は健康値を高め、医療費削減に効果があると言っている。

C. 特に、この中の2については麻薬等との関連を断ち切り、教育的効果があると言う。

D.5については全く議論の余地はなく、はっきりと利益とみなせる。

従ってA.B.Cについてのみ、以下に述べたい。

 

A.直接的経済効果なるもの

この思考実験の為の基本的認識において、笹川陽平氏もこの中原英臣学長も決定的に誤っている。

確かに、価格を上げれば販売量は減るが、売り上げは増えるのだろう。

「なるほど(語尾あげ符号)」と私は答える。

「何か奥歯に物が挟まったような言い方ですね」と私の語尾上げが気になるらしい。

「儲かるのはJTと栽培農家と国(税)だけですか?」とヒントを差し上げる。

「そりゃ販売店も儲かりますよ。結果的にね」などと、したり顔で答えるのだろうか。

その答えがどれほど頓珍漢なものであるかに、彼らは気づいていない。

業を煮やして「北朝鮮はどうですか」と聞いてしまう。

300円でさえ喜んで売ってくれるのに、1000円になったら、500円でいいぞと言って来ませんかね」といってしまう。

「それは違法行為ですから……」と、彼らは頓珍漢の上塗りをしてくれる。

「違法行為ですから?」と嫌みったらしく、私は追及する。

「だから、やっちゃいけない……」

「そう言うんですか? 北朝鮮(語尾下げ) 言うだけで聞いてくれますか 

言っただけで聞いてくれるのなら、拉致被害者はとっくに戻ってますもんね」などと言って、刺激してみたりする。

「キ、キミ、密輸品なんか買っちゃ、そりゃ犯罪だよ」などと言わずもがなの事を言う。

SpeakEasyって知ってます? あれは酒だけど、タバコだからThinkEasyかな? どうやって取り締まります? 警官を増やします? 予算ふえますか?」



B.医療費削減について

  これには時間軸が勘案されていない。

  ある時期までは、確かに医療費は減るだろう。

  国民の健康値はあがる。

ここで先の見える厚労省財務省の官僚は震え上がるはずだ。

元気で口の達者な「くそじじー、くそばばー」がいっぱい長生きするぞ。

こいつらが「安心して暮らせる老後」を要求して選挙権を行使するぞ。

10人に6人が「くそじじー、くそばばー」になれば、「若い奴らは苦労が足らん、もっと苦労して俺達の老後を支えろ」と平気な顔で言うようになるぞ。

 

タバコの普及率が下がり、一時的には医療費はさがった。

国民は健康になり、超超高齢化社会が達成された。

「くそじじー、くそばばー」は長生きに長生きを重ね、死んでくれなくなった。

そうなると、年金はいったいいつまで払えばいいんだ。

厚労省財務省の官僚の悲鳴が聞える。

そして個人金融資産1400兆円を握りこんでいるのはこいつらなのだ。

 

C.教育効果について

販売量が減ると自販機のコストパフォーマンスが悪化する。値上げ効果による利益増大で補いがつけば問題ないが、それ以外のコスト増大要因が出てくる。

自販機にタバコが何個入るのかは知らないが、在庫価格が一挙に三倍以上になるのだ。

すると、何が起きるか。青少年が何を考えるだろうか。彼らは我慢しない教育を受けてきているので、我慢をしない。
喫煙癖のある青少年は自分の欲求も満たせて、しかも金にもなる方法を選ぶだろう。
これが不法組織と結びつく。
このような時、必ず次のような反論もどきが出てくる。

「そんな事をするのはごく一部であって、大多数の青少年は真面目に生きようとしている」と。

別にその意見に反論するつもりはない。

その通りであるからだ。

しかし、それは「何も言っていないのと同じ事なのですよ」と主張しておく。

なぜなら、日本での犯罪発生率は2%強に過ぎず、世界で最も発生率の低い国であると言う事実。

それにも拘らず、それに対応できていないという事実。

警察の現場は疲労困憊しているという事実。

刑務所、収容施設が不足していると言う事実。

これらの事実を前にして、あなたはそれをごく一部だと言うつもりだろうか。

 

中原英臣学長様

あなたの主張はその程度ですか?

 

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( げに恐ろしきは グレートマザー! )

2008/06/22 01:37

 

 

心理学を多少でもかじった方は、すぐにお解かりだと思うが、この「グレートマザー」のグレートの意味が凄まじい。

一般的に「母なる大地」とか「慈母観音」などと、「母」には「産み出すもの、慈しみ育むもの」としてのイメージがある。

「女は弱し、されど母は強し」などとも言い、その強さも肯定的に捉えられている。

従ってこの「グレートマザー」をそのまま、「偉大なる母」と訳してしまっても、あながち間違いではない。

 

だが、この「グレートマザー」には「圧倒するもの、支配するもの」の一面がある。

特に幼児期から思春期にかけての期間は「親の支配」は親が考える以上の圧倒的力を持つ場合がある。

大概は思春期において、親の支配から脱しようとし、反抗と言う形をとる。

いわゆる「反抗期」と言われるもので、込み上げてくる自我と親との戦いであり、それを脱して自立へと向かう。

避けて通ってはならない関門である。

ほとんどの場合、多少の問題は抱えながらも、通過していくのである。

これを通り越してはじめて、社会性を獲得し成人としての資格を得る。

ところが近年、その反抗期が見えにくくなって来ている。

自我の確立、つまり自立、あるいは自律がなされないまま、成人してしまうのである。

この原因は何であろうか。

 

今日の産経新聞、花田紀凱氏の「週刊誌ウォッチング」で「秋葉原無差別殺傷事件」について、凄まじい家庭内の模様を伝えていた。

【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】

http://sankei.jp.msn.com/culture/books/080621/bks0806210821003-n1.htm

このように育てられた子供は、母親から離れようが、母親が死のうが関係なく、生涯子供の心の中に生き、語りかけ縛り続けることになる。

「グレートマザー」とは母親そのものではなく、語りかけ縛り続ける心のメカニズムの事である。

母親は息子の能力、人格を完全に無視、あるいは否定し、どうしようとしたのだろうか。

 

私が( あなたは 何故 他人の為に生きようなどと、愚かな努力をするのか) の中で述べた状況をはるかに超えた、凄惨なものであった。

最後の部分であなたの後ろで、憤怒の思いをこらえている子供の顔が、あなたには見えていないのでしょうね」と述べたのだが、重要な事柄をかきもらした。

 

それは論理についてである。

お断りしておくが決して倫理などではなく、論理である。

私が若い頃、年長者から「その考え方は間違っている」と指摘され、反発し、よく腹を立てたものである。

指摘を叱責と思い込み、人格まで否定されたような気分になって、激しく反発した。

「その考え方は間違っている」とは「考える方法が違っている。その方法をとると間違った答えが出てしまう。それはこのように考えた方がいい」と言う意味であった事に気づくのに10年以上の年月を必要とした。

簡単にいいきれば、数学の解法と同じなのである。

解法を間違うと、解を間違うか、あるいは解がないなどと言う事になる。

つまりは論理の問題であるのだが、さきのように育てられた子供に論理性が育たない。

何故そうするのか、何故そうしてはいけないのかの筋道が解らなくなっているのである。

この母親の頭の中には「勉強は何のために、誰のためにするのか」と言う至極簡単な論理が完全に欠如している。

「いいお坊ちゃんだそうですね。おとなしくて、お勉強もよくお出来になるって、皆さんおっしゃってますわ」

「おきれいなお嬢さんですね。いいところの御曹司とご婚約なさったそうですね。うらやましいわ。うちの娘なんか……」

「いいところにお勤めだそうで、お母様もお幸せでしょう?」

と言われたいためだけ、子供がそのように見えるように、装っただけなのだ。

 

 

( ケンカはやめー! ケンカはやめー! )で、私は他者との係わりの中から、社会性を獲得するのだと主張した。

自我と自我がぶつかり合い、殴られて泣き出す子もいるだろう、痛いのを我慢してなお戦おうとする子もいる。

最初から、相手の勢いに気おされて黙り込む子もいる。

それらの全てを含めて子供は学習していくのである。

腕力に自信のない子でも、言いなりになったら損をすると言うことを知り、口と理論で相手を負かそうと考える。

そこに現実を踏まえた自己の生き方を見い出していくのだ。

それを私は個性と言おうと思う。

 

せっかくの教育の機会を親や教師が奪っていく。

いや、親だけではない、携帯やゲーム機やパソコンもその機会を奪っていく。

 

彼らがネット上でアクセスする相手は「虚無」でしかない。

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